男子110mハードルで日本人初の12秒台をマークし、日本記録を持つ村竹ラシッド選手。
名前から「どこの国とのハーフ?」「国籍は日本?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
両親のルーツから小学校・中学・高校・大学の学歴、学生時代から12秒92に到達するまでの記録を追うと、現在の強さにつながる歩みが見えてきます。
この記事を読んでわかること
- 村竹ラシッド選手はどこの国とのハーフなのか
- 父親・母親について公表されていること
- 村竹ラシッド選手の国籍と名前の意味
- 小学校・中学・高校・大学の学歴
- 中学時代から現在までの記録の伸び
- パリ五輪や世界陸上などの主な戦績
村竹ラシッドはハーフで国籍は?両親のルーツを解説
村竹ラシッド選手は、トーゴ人の父親と日本人の母親を持つハーフで、国際大会では日本代表として出場しています。
父親はトーゴ出身|陸上経験については未確認情報も
村竹ラシッド選手の父親は、西アフリカに位置するトーゴの出身です。
日刊スポーツでは、村竹選手について「トーゴ人の父と日本人の母のもとに生まれた」と紹介されています。
さらに父親については、跳躍競技の経験があるとも報じられています。(参照:日刊スポーツ)
ただし、父親本人のプロフィールやお名前、職業はわかっていません。
母親は日本人で詳細は非公開
村竹ラシッド選手の母親は日本人ですが母親についても名前や職業など詳しいプロフィールは公開されていません。
しかし村竹選手との関係が伝わるエピソードがあります。
2024年のパリオリンピックでは、母親も現地まで応援に駆けつけていました。
村竹選手は決勝前、これまでにないほど緊張していたそうです。
その様子を見た母親からLINEで「顔が怖いぞ」「もっと楽しんで、笑って」と言われたことで、「失うものは何もないから思い切り走ろう」と気持ちを切り替えられたとインタビューで明かしています。(参照:TOKYO FORWARD 2025)
その決勝で村竹選手は13秒21を記録し、日本選手として初めて男子110mハードルで5位に入賞しました。

大舞台の直前でも息子の表情を見抜くところに、母親との距離の近さが感じられますね。
村竹ラシッドの国籍は日本
村竹ラシッド選手の国籍は日本です。
東京2025世界陸上の公式プログラムでも、村竹選手の「Nationality」は「Japan」と記載されています。
World Athleticsでも日本の選手として登録され、日本陸連ではパリ五輪や世界陸上の日本代表選手として掲載されています。
千葉県松戸市で生まれ育ち、日本代表として世界の舞台を走っている選手です。
名前「ラシッド」の意味と由来は?
Rachidは、アラビア語圏で使われる「Rashid」の表記の一つで、「正しく導かれた」「正しい道に導かれた」という意味があります。
父親がトーゴ出身であることから、父方のルーツが名前に関係している可能性も考えられます。
ただし、村竹選手本人が「ラシッド」と名付けられた理由や両親の思いを語った公式な情報は確認できませんでした。
村竹ラシッドのプロフィール
村竹ラシッド選手は2002年2月6日生まれ、千葉県松戸市出身の110mハードル日本記録保持者です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 村竹ラシッド |
| 生年月日 | 2002年2月6日 |
| 年齢 | 24歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 千葉県松戸市 |
| 身長 | 179cm |
| 所属 | 日本航空(JAL) |
| 専門種目 | 男子110mハードル |
| 出身小学校 | 松戸市立相模台小学校 |
| 出身中学 | 松戸市立第一中学校 |
| 出身高校 | 千葉県立松戸国際高等学校 |
| 出身大学 | 順天堂大学 |
| 自己ベスト | 12秒92(2025年) |
| 日本記録 | 12秒92 |
JALには順天堂大学を卒業した2024年4月に入社し、アスリート社員として競技を続けています。(参照:JAL公式)
趣味はドライブや読書、ゲーム。

意外にインドア派?
陸上だけを一直線に続けてきたタイプにも見えますが、実は高校進学時には陸上を辞めるつもりだった時期もありました。

どのように現在の日本記録保持者まで成長したのか、学歴とともに追っていきます。
次のセクションでは村竹選手の学んでいた学校とどのように陸上競技に取り組んでいたかを整理していきます。
村竹ラシッドの出身小学校は相模台小学校
村竹ラシッド選手は松戸市立相模台小学校出身で、小学5年生のときに担任の先生の勧めで陸上を始めました。
陸上を始めたきっかけは、担任の先生から競技を勧められたことです。
JALのプロフィールにも「小学5年生時の担任から競技を勧められた」と紹介されています。(参照:JAL公式)
とはいえ、最初から陸上に興味があったわけではありません。
本人は後のインタビューで、陸上を始めたきっかけについて「渋々だった」と振り返っています。(参照:松戸市)
先生に勧められて始めた陸上が、のちに日本記録へつながっていくことになります。
村竹ラシッドの出身中学は松戸市立第一中学校
村竹ラシッド選手は松戸市立第一中学校出身で、中学1年生の夏から本格的にハードルに取り組み始めました。
当時は100m、走幅跳、ハードルなどに挑戦していました。
OBが指導に来た際、100mや走幅跳には希望者が集まったものの、ハードルを選ぶ人は少なかったそうです。
そこで「100mや走幅跳より戦えるかもしれない」と考えて挑戦したところ、自分に合っていたことからハードルをメイン種目にしました。(参照:TOKYO FORWARD 2025)
中学2年だった2015年には、千葉県中学校新人体育大会の110mハードルで15秒74(+1.5)を記録して優勝しています。
当時のハードルの高さは0.914mで、高校以降の110mハードルとは規格が異なります。
県大会を制するほどの実力を持っていた一方、中学時代の練習はかなり厳しかったようです。
本人は第一中時代を振り返り、トレーニングがきつく、高校では陸上を続けるつもりがなかったと明かしています。(参照:松戸市)
村竹ラシッドの出身高校は松戸国際高校
村竹ラシッド選手は千葉県立松戸国際高校へ進学し、高校3年でインターハイ・国体・U20日本選手権の全国3冠を達成しました。
松戸国際高校を選んだ理由は、陸上のためではありません。
本人によると、
- 自宅から通える距離だった
- 国際教養科に学びたいカリキュラムがあった
ことが進学の決め手でした。(参照:松戸市)

陸上を続けるためじゃなかったのね。意外!
中学で陸上を辞めるつもりだった村竹選手を、再び競技へ引き戻したのは高校の先輩でした。
熱心に誘われたことで陸上部へ入り、競技を継続します。
高校では体格の変化に加え、中学より高くなるハードルへの対応にも苦労したといいます。
それでも高校3年になると一気に全国トップへ。
2019年には110mハードルで13秒91をマーク。
さらに、
- インターハイ
- 国体
- U20日本選手権
の3大会を制し、全国3冠を達成しました。
村竹ラシッドの出身大学は順天堂大学
村竹ラシッド選手は順天堂大学へ進学し、大学4年で13秒04の日本タイ記録を樹立しました。
大学進学後は年を追うごとに自己ベストを更新。
大学1年の2020年は13秒61、2年で13秒28、3年では13秒27まで記録を伸ばしています。
東京オリンピック代表落ち
2021年の日本選手権では東京オリンピック代表を目指していましたが、決勝でフライングにより失格。
東京五輪出場を逃しました。
その後、大学3年の2022年にはオレゴン世界陸上に出場し、初めて世界選手権を経験します。
そして大学4年だった2023年9月、日本インカレで13秒04(-0.9)を記録。
当時、泉谷駿介選手が持っていた日本記録13秒04に並ぶ日本タイ記録で、同時に日本学生新記録となりました。(参照:順天堂大学)
順天堂大学卒業後の2024年4月にはJALへ入社。
現在はアスリート社員として、世界を舞台に競技を続けています。
世界を舞台に競技を続けています。(参照:JAL公式)
村竹ラシッドの主な記録と実績
村竹ラシッド選手は中学時代から着実に記録を伸ばし、2025年には12秒92をマークして日本人で初めて110mハードルの13秒の壁を破りました。
中学・高校・大学から現在までの記録推移
村竹選手がどのようにタイムを伸ばしてきたのか、主な記録をまとめました。
| 年 | 時期 | 主な記録 |
|---|---|---|
| 2015年 | 中学2年 | 15秒74 |
| 2019年 | 高校3年 | 13秒91 |
| 2020年 | 大学1年 | 13秒61 |
| 2021年 | 大学2年 | 13秒28 |
| 2022年 | 大学3年 | 13秒27 |
| 2023年 | 大学4年 | 13秒04 |
| 2024年 | JAL1年目 | 13秒07 |
| 2025年 | JAL2年目 | 12秒92 |
| 2026年 | JAL3年目 | 13秒05 ※9月3日時点 |
大学以降の年次ベストは日本陸連公式プロフィールに掲載されています。
中2ですでに千葉県新人大会を制していたことから、ハードルを始めて早い段階で結果を残していたことが分かります。
大学進学後は、
13秒61
↓
13秒28
↓
13秒27
↓
13秒04
と4年間で0.57秒を短縮。
そして社会人2年目で、ついに13秒の壁を突破しました。
12秒92で日本人初の12秒台・日本記録を樹立
2025年8月16日、福井県で行われたAthlete Night Games in FUKUIで、村竹ラシッド選手は12秒92(+0.6)を記録しました。
日本新記録であり、日本選手として初めて110mハードルで12秒台に突入した瞬間です。
それまで自身が泉谷駿介選手と共有していた日本記録13秒04を、一気に0.12秒更新しました。
12秒92はアジア歴代でも、劉翔選手の12秒88に次ぐ記録です。World Athleticsのアジア歴代ランキングでは2位に位置しています。
2026年9月3日時点でも12秒92は村竹選手の自己ベストであり、日本記録です。
2026年は5月の木南道孝記念で13秒05をマークしており、これがシーズンベストとなっています。
パリ五輪・世界陸上など主な戦績
村竹選手の主な戦績をまとめると次の通りです。
| 年 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2019年 | インターハイ | 優勝 |
| 2019年 | 国体 | 優勝 |
| 2019年 | U20日本選手権 | 優勝 |
| 2022年 | オレゴン世界陸上 | 出場 |
| 2024年 | 日本選手権 | 優勝 |
| 2024年 | パリオリンピック | 5位 |
| 2025年 | アジア選手権 | 優勝 |
| 2025年 | 東京世界陸上 | 5位 |
| 2026年 | 木南道孝記念 | 優勝 |
| 2026年 | DL厦門大会 | 2位 |
| 2026年 | DL柯橋大会 | 3位 |
JAL公式でも、パリ五輪5位、2025年アジア選手権優勝、東京世界陸上5位などが主な実績として掲載されています。
パリ五輪では13秒21で5位。
日本選手として初めて男子110mハードルのオリンピック決勝に進みました。
さらに2025年の東京世界陸上でも決勝へ進出し、13秒18で再び5位。
パリ五輪に続いて2年連続で世界大会5位という結果を残しています。
2026年シーズンもダイヤモンドリーグを転戦し、厦門大会で13秒13の2位、柯橋大会では13秒18の3位に入りました。
8月のシレジア大会終了後には、2年連続となるダイヤモンドリーグ・ファイナル進出も決定しています。
高校時代の全国3冠から、大学で日本記録タイ、社会人になって日本人初の12秒台。
記録を並べてみると、早くから完成されていた選手というより、カテゴリーが上がるたびに壁を越えてきた選手であることが分かります。
村竹ラシッドはハーフで日本記録保持者!両親・学歴・経歴まとめ
村竹ラシッド選手は、トーゴ出身の父親と日本人の母親を持つハーフで、千葉県松戸市で生まれ育った日本代表のハードラーです。
相模台小学校5年生で陸上を始め、第一中学校でハードルに挑戦。中学2年ですでに千葉県新人大会を制しました。
一度は陸上を辞めようと考えながらも松戸国際高校で競技を続け、高校3年で全国3冠。順天堂大学では13秒04の日本タイ記録を樹立しています。
さらにJAL入社後の2025年には12秒92をマークし、日本人で初めて13秒の壁を突破しました。
パリ五輪と東京世界陸上ではともに5位。2026年も世界最高峰のダイヤモンドリーグで戦い続けており、次に狙うのは世界大会でのメダルです。

