東日大昌平野球部でマネージャーを務め、2026年夏には甲子園で記録員としてベンチ入りした中野蘭さん。
実は高校から野球に関わり始めたわけではなく、中学時代は自ら選手として白球を追っていました。
この記事では、
- 中野蘭マネージャーの出身中学
- 草野中学校時代の野球経歴
- いわき松風ガールズでの女子野球経験
- 選手から東日大昌平のマネージャーになった理由
- 甲子園でユニフォームを着てベンチ入りするまでの歩み
について、中学時代から現在までの流れが分かるように整理していきます。
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中野蘭マネージャーの中学は草野中学校
中野蘭さんが通っていた中学校は、いわき市立草野中学校です。
中学時代の中野蘭さんには、大きく分けて2つの野球活動がありました。
ひとつは、草野中学校の野球部での活動です。
中野蘭さんは中学3年間、学校の野球部に所属して選手としてプレーしていました。
もうひとつが、女子軟式野球チーム「いわき松風ガールズ」での活動です。
いわき松風ガールズは草野中学校の部活動ではなく、女子中学生が参加する別の野球チームです。
2022年に行われた第7回全日本中学女子軟式野球大会の登録記録には、いわき松風ガールズの選手として「中野 蘭」の名前があり、在籍校に「いわき市立草野中学校」と記載されています。
当時は中学2年生で、ポジションは外野手、背番号は15でした。(出典:一球速報.com)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 在籍中学校 | いわき市立草野中学校 |
| 学校での活動 | 野球部で3年間プレー |
| 女子野球チーム | いわき松風ガールズ |
| 2022年当時 | 中学2年生 |
| ポジション | 外野手 |
| 背番号 | 15 |
つまり、「草野中学校に通いながら、中学校の野球部でプレーし、さらに女子野球ではいわき松風ガールズにも所属していた」という形です。
草野中学校野球部在籍
中野蘭さんの中学校が草野中学校と分かる根拠のひとつが、いわき松風ガールズの大会登録です。
2022年の登録メンバーには、「中野 蘭」「2年」「いわき市立草野中学校」「外野手」との記録があります。(出典:一球速報.com)
ここでポイントになるのは、「いわき松風ガールズ」はチーム名で、「草野中学校」が中野蘭さんの在籍校とは別の団体ということです。
一方、中野蘭さん本人を取り上げた記事では、小学6年生のときに野球へ興味を持ち、中学では野球部に入って3年間選手としてプレーしたことが紹介されています。(出典:高校野球ドットコム)

中学時代は、学校の野球部と女子野球チームで野球をしていたということだよね
草野中学校の野球部で3年間プレー
中野蘭さんは、中学進学後に学校の野球部へ入り、3年間選手として活動しました。(出典:高校野球ドットコム)
野球を始めるきっかけは小学6年生のとき、友人に誘われてソフトボールの試合を見たことが野球に興味を持つきっかけでした。
その後、中学校では実際に自分がプレーする側となり、3年間野球を続けています。

草野中学校の野球部でどのポジションを守っていたのか、打順や個人成績などを調査しましたが具体的なものは発見できませんでした。
学校の野球部での活動と、いわき松風ガールズでの活動は別のものとして考えると、中野蘭さんの中学時代の経歴が分かりやすくなります。
いわき松風ガールズでは背番号15の外野手
2022年の大会登録では、中学2年生、背番号15、ポジションは外野手となっています。(出典:一球速報.com)
中学時代の野球経歴を整理すると、次のようになります。
・いわき市立草野中学校に在籍
・草野中学校の野球部で3年間プレー
・学校とは別に、いわき松風ガールズにも所属
・いわき松風ガールズでは外野手
・背番号は15
・中学2年時に全日本中学女子軟式野球大会の登録メンバー入り
中学2年で全日本中学女子軟式野球大会のメンバーに登録
中野蘭さんは2022年、中学2年生のときに、いわき松風ガールズの一員として第7回全日本中学女子軟式野球大会の登録メンバーに入りました。
いわき松風ガールズは2022年8月20日に福井ダイヤモンドガールズと対戦し、この試合の登録メンバーにも中野蘭さんの名前があります。(出典:一球速報.com)
学校の野球部で3年間プレーしながら、女子野球チームでは全国大会メンバーにも入った中野蘭さん。高校進学時にも、当然のように野球を続けたいという思いがありました。
出身小学校は草野小学校?現時点では確認できず
中学校がいわき市立草野中学校であることから、出身小学校の可能性が高いです。
草野中学校のすぐ近くには、いわき市立草野小学校があります。そのため、草野小学校から草野中学校へ進学した可能性も考えられます。
ただし、中野蘭さんの出身小学校を確認できる公開情報は見つかっていません。

草野中学校時代の中野蘭さんは、どのように野球へ打ち込んでいたのでしょうか。女子野球選手としての経歴をさらに見ていきましょう。
中野蘭が選手から東日大昌平のマネージャーになった理由
野球を続けたい気持ちは大きかったものの、環境面や費用面の問題がありプレイヤーを諦めました。
高校でも女子野球を続けたいと考えていた
中野蘭さんにとって、選手を辞めることは最初から決めていた進路ではありません。
中学3年間を選手として過ごしてきたため、高校でも野球を続けたい気持ちがありました。
しかし、女子野球を続けるためには寮に入ることなどが必要になり、公式戦出場に必要な道具にも費用がかかることから、選手として続ける道を断念したといいます。(出典:高校野球ドットコム)
ただ、そこで野球そのものから離れることはありませんでした。
中野蘭さんは自宅から近い東日大昌平に進学し、マネージャーとして甲子園を目指すことを選びます。(出典:高校野球ドットコム)

野球が本当に好きだったんだね
選手ではなくなっても、野球を続ける。
中野蘭さんにとって、マネージャーへの転身は野球を諦める選択ではなく、野球との新しい関わり方だったのでしょう。
東日大昌平初の女子マネージャーとして入部
中野蘭さんは東日本国際大学附属昌平高等学校へ進学し、野球部初の女子マネージャーとなりました。(出典:高校野球ドットコム)

入部した際には、野球部の選手たちから歓迎されたんだって!
マネージャーとしては、選手の飲み物の準備、保護者の手伝い、大会準備、記録員など、さまざまな仕事を担当しています。(出典:高校野球ドットコム)
2025年夏の福島大会でも、中野蘭さんは東日大昌平の記録員として登録されています。(出典:一球速報.com)
中学時代まで選手だった中野蘭さんにとって、野球のルールや試合の流れを理解していることは、記録員としても大きな強みになったはずです。
甲子園ではユニフォーム姿で記録員としてベンチ入り
中野蘭さんが注目を集めた理由の一つが、選手と同じユニフォームを着て記録員としてベンチに入ったことです。
ユニフォームを着るきっかけとなったのは、仙台育英との練習試合でした。
【夏の甲子園】「みんなと同じ気持ちになれた」 東日大昌平唯一のマネジャー中野蘭 ユニホーム姿で支える https://t.co/OEExPQ8qjl
— 福島民報 (@FKSminpo) August 11, 2026
仙台育英の女子マネージャー・星よつはさんがユニフォームを着て活動している姿を見て、女子マネージャーも公式戦でユニフォームを着られることを知ったといいます。(出典:高校野球ドットコム)
中学まで選手としてユニフォームを着ていた中野蘭さんは、選手と心を一つにしたいという思いから、自身もユニフォームを着ることを選びました。(出典:高校野球ドットコム)

素敵な考え方だね
そして2026年夏、東日大昌平は甲子園へ出場。
中野蘭さんも記録員としてベンチ入りし、選手時代の経験を生かしながらチームを支えてきた人物として紹介されています。(出典:福島中央テレビ)
2026年8月の白樺学園戦でも、東日大昌平の記録員としてユニフォーム姿でベンチに入る中野蘭さんの姿が確認できます。(出典:毎日新聞)
中学では選手として野球を追い、高校ではマネージャーとして追い続けた甲子園。

立場は変わっても、中野蘭さんの野球人生は途切れることなく甲子園へと続いて端だね
まとめ
中野蘭マネージャーは中学時代には3年間野球部でプレーし、草野中学校在学時には、いわき松風ガールズで外野手として女子野球にも取り組んでいました。
- 中学は、いわき市立草野中学校
- 小学6年生のころに野球へ興味を持った
- 中学3年間は野球部で選手として活動
- いわき松風ガールズに所属
- 背番号15、外野手として登録
- 中学2年時には全日本中学女子軟式野球大会の登録メンバー入り
- 高校でも選手として野球を続けることを考えていた
- 東日大昌平では野球部初の女子マネージャーになった
- 2026年夏の甲子園ではユニフォーム姿で記録員としてベンチ入り
中野蘭さんの経歴で印象的なのは、選手を辞めたところで野球への挑戦まで終わらせなかったことです。
中学時代は選手としてグラウンドに立ち、高校ではマネージャーとして選手を支える側へ。そして2026年夏には、記録員として甲子園のベンチに入りました。
「元女子野球選手のマネージャー」という経歴は、中野蘭さんならではの大きな特徴といえそうです。

