虎に翼の主題歌米津玄師さんの「さよーならまたいつか」のMVがYouTubeにアップされました。
たった二日で300万回再生に達しさすが!としか言いようがありません。
耳馴染みの良い曲ですものね。万人受けしそうです。
実はNHKバージョンのMVしか見たことがなく歌詞も気にせず聞いていたので今回のMVでガッツリ見ることになりました。
初めてフルコーラスで聞いたのですが、2番の歌詞のしぐるやしぐぐるって一体どいいう意味?
聞き馴染みのない言葉なので調べました。
まずはMVをご覧ください
サムネに使っているピースサインの米津玄師さんが可愛い!と評判ですね。
しぐるるやしぐるるってどういう意味なの?
これは有名な種田山頭火(たねださんとうか)の俳句の一節からとったものだと思われます。
元の俳句は
しぐるるや しぐるる 山へ歩み入る
です。
しぐる=「時雨」のことです。
では時雨とは?
時雨(しぐれ、じう)は、主に秋か冬にかけて起こる一時的に降ったり止んだりする雨である(ウキペディアより)
この俳句が表している情景は
「冷たい時雨の中を、雨で濡れている山中を立ち止まらすに進んで行く」です。
この情景にはどんな意味があるのでしょうか?
普通なら雨が降れば傘を刺して歩きますよね。でも山頭火はそれをせず、ただ雨に濡れながら山に入っていきます。
この先が困難があるとわかっていても避けて通ろうとしない実直で愚かとも言える一途さ、雨が降ったら(悪いことがあったら)それはそれで濡れればいいだけよ、という諦めの感情を表している思われます。
さよーなたいつかの歌詞に当てはめると
時雨で濡れた街を傘も刺さず街中を歩く
ということなんですね。
現代ではあまり使わなくてあまり馴染みがない言葉ですが情緒があって素敵なワードセンスだな、と思われました。
米津さんは俳句の知識もあるんですね。
歌詞を読むと爽やかだけではない怒りのようなものを感じる
米津玄師さんは朝ドラの主題歌「虎に翼」のために書き下ろした楽曲です。
「虎に翼」は昭和初期から中期、女性初の弁護士になり、その後裁判長となって女性の権利のために闘った三淵嘉子さんをモデルにした物語。
この時代は女性の地位がまだ低く、男性からは見下され、社会からは雑に扱われた時代でした。
女性が前に出て何かをしようものなら「女はすっこんでいろ!」と言われる時代。今では考えられません。
ドラマの中で寅子はなんでも当たり前とは思わず、己の興味の赴くまま、素直に、自由に、人として生きていこうとしています。
「虎に翼」は「無双」という意味合いもありますが力強い寅子の生き様を「虎」自由さを「翼」に例えているとも感じられます。
米津玄師さんは朝流れる、ということを爽やかさや聞きやすいことを意識してメロディを作ったそうですが、歌詞の中の「空に唾を吐く」「気儘に飛べ」「消え失せるなよ」力強さと反骨精神を感じます。
100年後、というのは寅子の目指したものが未来の世界ではきっと根ざしているということなのかもしれませんね。
この歌詞は寅子の生き様への応援歌なのだと思います。
「さよーなら」というワードにも、「おとといきやがれ!」的な乱暴さや反骨精神が感じられてすきな響きです。
米津玄師「キレることが必要な気がした」
米津玄師さんはインタビューでこのドラマでは「キレることが必要な気がした」と語っています。
このキレという言葉の意味は「怒り」と意味でのキレるです。
あまり朝ドラを見たことがなかったという米津さん。この曲を作るにことになった時には今までの朝ドラの主題歌を聞いたり、ドラマを見たり、「虎に翼」の脚本を読んだりしたとのことです。
強さとは何ぞやと考えたとき、そこはキレなきゃいけないよなって。どうあがいてもキレる必要がありますよねということを、この曲に宿すべきだと思ったんですよ。初の女性弁護士として、獣道をかき分けながら、先頭に立っていろんな道を整備してきた人たちの生き様を振り返ると、そこには並々ならぬエネルギーがあったんだろうと思うんです。お行儀よく、誰の気分も害さないような、優等生的に機会を待って様子を見ながら生きてきた人では決してないと思う。むしろ「知るか!」と言って、「私はこうありたいんだ」ということを人に示す力がある人たちが、そうやって道を切り拓いてきたような気がするんです。その大きなエネルギーの1つが“キレ”だという。そのエネルギーはこの曲に宿すべきだと思ったんですよね。
引用:音楽ナタリー
やはり「さよーならまたいつか」は寅子の生き様に応援をして作られたのですね。
まとめ
さよーならまたいつかの歌詞「しぐるるやしぐぐる」は俳人山頭火の俳句しぐるるや しぐるる 山へ歩み入るの一節から撮ったものだと思われます。
無知な自分はなんのことだろう?と思ってしまいましたが、米津玄師さんは博識。またこの言葉を選んだワードセンスも素晴らしいと思います。
さよーならいつかは寅子や昭和の初期の女性たちの応援歌であることもわかりました。