訃報 ドラクエテーマ作曲家、すぎやまこういちさん、昭和の名曲を紹介しながら偲びます。

東京オリンピックで入場曲に使用されたドラゴンクエストのテーマ曲。この曲が流れた時テレビの前で日本中が沸きました。
作曲したのはだれかは知らなくてもこのテーマ曲はだれても知っていますよね。ゲームに興味がなくドラクエをプレイしたことのない自分でもドラクエの音楽は知っていましたw


また昭和歌謡の名曲を数々と世に送り出しており、60歳上の方には懐かしいお名前であると思います。

天皇陛下の前でドラクエの曲が響きわたる瞬間 (東京オリンピック開会式) #Shorts

ここではすぎやまさんの残した名曲を懐かしみたいと思います。

数々のゲームのテーマ曲をこの世に残したすぎやまこういちさんがご逝去されたとの発表がありました。9月30日に亡くなり、すでにご葬儀はご親族、親近者で執り行われました。

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まずは昭和のヒット曲ですぎやまこういちさんを偲びます

ザピーナツ・恋のフーガ

作詞:なかにし礼 作曲:すぎやまこういち 編曲:宮川泰

ザ・ピーナッツ「恋のフーガ75」

思い出のカテリーナ/橋幸夫

想い出のカテリーナ ◆ 橋幸夫

君だけに愛を (Love only for you)(3分11秒)

作詞:橋本淳 作曲・編曲:すぎやまこういち

君だけに愛を ザ・タイガース

この歓声!というよりは悲鳴ですねw 当時のファンは失神者続出だったそうw 出だしからサビまでジュリーの魅力が溢れています。神曲!

亜麻色の髪の乙女 (ON THE WINDY HILL) /ヴィレッジ・シンガーズ

作詞:橋本淳 作曲・編曲:すぎやまこういち

亜麻色の髪の乙女ヴィレッジ・シンガーズ

島谷ひとみさんがカバーした時に「亜麻色」ってどんな色?とか気になりましたが、黄色がかった淡い茶色だそうです^^

学生街の喫茶店/ガロ

作曲:すぎやまこういち編曲:大野克夫

学生街の喫茶店 / ガロ ★☆ 第24回紅白歌合戦(1973年)

作曲もガロだと思っていた楽曲。真ん中の人のインパクトが強くて歌い出しが左の人とはびっくり!!

ハート泥棒/キャンディーズ

作詞:林春生、作曲:すぎやまこういち

ハート泥棒/キャンディーズ~全員集合(76年)

キャンディーズは歌えるアイドルだったんですよね〜。黄色いミニスワンピが可愛いですね。

90歳。死因は敗血症によるショック

すぎやまこういち逝去に関するお知らせ

すぎやまこういち(本名:椙山 浩一)は、2021年9月30日、90歳で永眠いたしました。

生前のご厚誼に深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます。葬儀・告別式は親族および近親者のみにて執り行いました。
なお、ご弔問・ご香典・ご供物・ご献花などのご厚志につきましては固くご辞退申し上げます。
後日、皆様とのお別れの会を行う予定としておりますが、日程等につきましては未定でございます。何卒ご理解を賜りますようよろしくお願いいたします。

また、本件のお問い合わせにつきましては、株式会社スクウェア・エニックスに一任しております。お問い合わせの際は、以下の窓口までご連絡をお願いいたします。

【本件に関するお問合せ】
株式会社スクウェア・エニックス
TEL:03-6701-3993(受付時間:祝日を除く月~金曜日9時半~18時半)

※10月7日(木)・8日(金)・9日(土)・10(日)は9時半~20時で受付いたします。

すぎやまこういちの世界より

お別れの会は後日執り行われる予定のようです。

10月以降もドラクエのコンサートの公演がいくつか予定されています。もちろんすぎやまこういちさんの出演予定はもともと無かったので中止になりません。

ぜひすぎやまこういちさんを偲びながらオーケストラでのスケールの大きな世界観を楽しむのもいいかと思います。

敗血症とは?

敗血症の原因は感染症です。

感染症の原因 細菌、ウイルス、寄生虫、真菌など

敗血症を発症しやすい人 糖尿病、悪性腫瘍、肝硬変、腎不全、ステロイドや免疫抑制剤内服等のある人。高齢者(免疫力の低下、体力の低下)

敗血症ショックとは?

敗血症によって危険なレベルの低血圧が起こる事。その結果、一般的には内臓に十分な血液が供給されなくなり、内臓が機能不全に陥ります。敗血症性ショックは生命を脅かす状態です。

敗血症ショックになると予後が悪く死亡率が高くなります。

ちょっと変わっていたすぎやまこういちさんの経歴

すぎやまこういち

本名 椙山浩一(すぎやまこういち)ひらがなにしたのは椙山を読める人が少なかったため

誕生日 1031年4月11日

出生地 東京府東京市下谷区(現在の東京都台東区)

すぎやまこういちさんんは両親が音楽好き、祖母が子守唄に賛美歌を歌うなど、音楽に親しむご家族の元に育ちました。

小学校2年生ぐらいから鼻歌で作曲を始め、中学校になるとお父さんが反物と物々交換で手に入れた楽譜やレコードでクラッシック音楽を独学で学び、新制高校の第1期生として成蹊高等学校に入学し新たに音楽部を創立をしました。高校の時の友人に青島幸男さんがいらっしゃいます。

また他校ではありましたが服部克久さんとも音楽を通じて知り合っています。

高校卒業前にバレエ団の依頼でオペラ用に「子供のためのバレエ『迷子の青虫さん』を作曲し、このバレエは好評で何度も再演されました。この曲がきっかけですぎやまさんの運命が大きく変わります。

音楽学校を諦めて東大へ

音大への進学を希望していましたが、ピアノが弾けないことと、学費が払えないという理由でなんと!東大へ進学!

音大へ行けないから東大へ!とか、かなり頭がよかったのでしょうね。羨ましい限りです。今も昔も芸術系の大学はお金がかかったのでしょう。

大学時代は希望した大学でなかったせいか、真面目に通わず、音楽活動や遊びまわってすんなりとは卒業できず、一年留年してしまいました。

大学をやっと卒業して工場の品質管理のアルバイトをしていたすぎやまさん、前出の『迷子の青虫さん』を気に入った人によって文化放送に引き抜かれることとなります。

作曲家になる前はフジテレビのプロデューサーだった!

1958年、ラジオの世界に見切りをつけ開局準備中のフジテレビに転職をします。そこで、「大人の漫画」「ザ.ヒットパレード」を手がけています。

1660年代フジテレビに勤務しながら作曲も手がけるようになるとお給料を作曲家としての収入の方が多くなり作曲家に専念することになりました。

作曲家としてグループ・サウンズや歌手に楽曲提供

すぎやまこういちさんの作曲した昭和歌謡曲はたくさんあります。どれも名曲ですが、「亜麻色の髪の乙女」は2002年に島谷ひとみさんがカバーして大ヒットをしたので知っている人も多いでしょうね。

まとめ

その他、競馬のファンファーレ、CMソング、バラエティ番組のテーマソング(ドレミファドンなど)たくさんの楽曲を作られています。

もちろん代表曲は「ドラゴンクエスト」などのゲーム音楽ですね。

どれも名曲ですが独学っていうのもすごいですね。

亡くなられてもこれらの楽曲はまだまだたくさんの人を勇気付け、元気にしてくれるのだと思います。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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